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建築のための建築

  • 岩川 幸揮
  • 6月12日
  • 読了時間: 3分
PHARMAKON OVERWRITE STUDIO 構想記 #01
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あの建築は、もともとU字のハープパイプのようなかたちをしていた。つまり、床はまっすぐではなかった。わずかに湾曲していて、私はそのカーブを都市に開放しようとしていた。ビジネスマンや子どもたちが、ただの道としてそこを通り抜ける──そんな場所だった。

けれど同時に、そこは私のアトリエであり、展示の場でもあった。私的であると同時に、都市に開かれた空間。私有と公共が交差する建築。

ところが、いつのまにか君(この建築)が勝手に構造を逆転させていた。だがそれによって、むしろ建築としてのバランスやリアリティが生まれた。あたかも建築が、自らの意思で再配置を始めたようだった。

このU字の構造体は、さらに三重のU字を内部に抱えている。それぞれが90度、180度、270度と回転しており、180度の空間は天井として設計され、照明が設置される予定だった。その照明は、建物の最下部に位置するハーフパイプ状の床を照らす。

90度と270度に配置された空間には自然とロフトが形成される。そこは都市に浮いたテラスのような場所であり、外部と接続する開口でもある。通りを歩く人々の声や足音が、内部に微かに届く。都市が建築の外部にあるのではなく、内部にしみ込んでくるのだ。

私が行いたかったのは、「建築の都市への開放」だった。買うでもなく、泊まるでもなく、使うことも目的ではない空間。消費から切り離された、意味の宙吊り。そこにあるのは、都市に対して開かれた私有地であり、都市の裂け目としての建築である。

ここには、私がこれまでビジュアル化してきたものたちを展示するつもりだ。バイクや車、フィギュア、ファッション、そして彫刻──。だがそれらは、単なるバイクではなく、車でもフィギュアでもなく、ファッションでも彫刻でもない。すべては建築のためにある。建築を「流動的なもの」として提示するためにある。

定着という言葉を脱臼させ、建築の意思を解放する。建物から建物へ、意味から意味へと、建築は移動する。それは場所を超え、時間を超えてなお持続する、漂流する構造である。

この建築は、それを可能にするための「生きた装置」だ。もしかすると、私にとってこれが最後の建物になるかもしれない。なぜなら、これは「建築そのもの」をもう一度ゼロから問い直すために生まれた、最初で最後の建築だからだ。

私は考えた。人のための建築は、建築にはならない。建築は常に、建築のために存在しなくてはならない。そしてそんな建築は、薬にも毒にもなるだろう。それがPHARMAKON(薬=毒)であり、OVERWRITE(上書き)されるべき既成の構造でもある。

私は、建築の死を拒絶する。



次回予告|PHARMAKONの器官たち:移動する建築とは何か

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